ブランド洋食器 スポード

産業革命の最大の功績 スポード

スポードは、イギリスの名窯です。創業者はジョサイアスポード1世で、彼が生まれたのはまさにヨーロッパに磁器が広がりを見せる興隆期の1733年で、幼年期からの数年は工房に勤務(同じ工房にはジョサイアウェッジウッドも従事していた)。その経験をもって、1776年チャーチストリートに自分の工房を創業させました。これがスポードの始まりです。

ジョサイアスポード1世は、銅板転写技術の開発者として有名であり、1784年から90年にかけて最初のパターンとなるウィローを制作しました。

スポード社最初のデザイン「ウィロー」

スポード社最初のデザイン「ウィロー」

クリックで拡大

ボーンチャイナの誕生、そして王室御用達へ

ヨーロッパに磁器が広まり、その要素としてカオリンが重要であることは判明しますが、イギリスではカオリンが産出されませんでした。

そのためイギリスは独自に磁器開発を行う流れとなります。その開発に成功した窯こそスポードでした。ジョサイアスポードは、1796年に全く新しい磁器開発に成功します。粘土質に骨灰を配合することで白く輝く素材が誕生したのです。これをスポードは、ストーク・オン・トレントの地名に由来してストーク磁器と命名しましたが、制作過程で牛骨の比率が高い事から「ボーンチャイナ」と改めたとされています。

ボーンチャイナを作った翌年、ジョサイアスポード1世は急死してしまいます。しかし、彼の意思はジョサイアスポード2世に受け継がれ、スポード社をその後30年成長をし続ける事になります。この1800年代前半はイギリスの陶磁器黄金時代に突入しますが、その中でもスポードは業界を牽引するほど力を持つ工房として名を馳せました。
その功績が認められ、1806年、ジョサイアスポード2世は“Potter to the Prince of Wales”、つまりイギリス王室御用達の称号を与えられたのです。

スポードの作品は遠くアメリカでも話題となり、その評判から多くの企業に模倣される事になりますが、ジョサイアスポードの品質を再現することはどの工房にもできないほどでした。そして1816年に登場したイタリアンブルーは多くのユーザーに鮮烈な印象を与えるものだったようです。1842年、ファインボーンチャイナの量産に成功するなど、技術革新も継続して行いました。

現在ではロイヤルウースターと合併し、ロイヤルウースタースポードとして今もなお活動を続けています。

スポード社人気のブルーイタリアン

スポードの代名詞ブルーイタリアン

クリックで拡大

(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする